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地震後7ヶ月のブログ

私のつれづれbooks

  • マキアヴェリ 君主論
    決断力のない君主は、当面の危機を回避しようとするあまり、多くのばあい中立の道を選ぶ。そして、おおかたの君主が滅んでいく。(君主論) 弱体な国家は、常に優柔不断である。そして決断に手間どることは、これまた常に有害である。(国家論)
  • 奥田英朗 著: 町長選挙

    奥田英朗 著: 町長選挙
    題名が気になるが、ホリエモンやナベツネをモデルにした、ユーモアあふれ、どこかペーソス(哀愁)を感じさせる、人生賛歌?

  • 佐々木 毅著: プラトンの呪縛

    佐々木 毅著: プラトンの呪縛
    民主主義の可能性と限界を考えさせるプラトン。ではいかなる政治が?小泉自民党を支持した私を含む日本国民が慎重に考えなければならない。

  • 土門 拳: 土門拳強く美しいもの

    土門 拳: 土門拳強く美しいもの

  • 日本経済新聞社: 歴史から読む現代経済

    日本経済新聞社: 歴史から読む現代経済
    全章興味深いが、第12章 「エネルギーの覇権」:土市勉 は柏崎の方なら必読。僭越ながら、原子力と水素:燃料電池の関連づけは私も浜岡原発の事故の際に思いついた。

  • 村上 龍: 半島を出よ 下

    村上 龍: 半島を出よ 下
     益々さわやかさからは遠ざかる。暴力がテーマ、となると北野武監督になると思うが、村上龍自身監督をつとめた経験もあるのだから、いずれ映画化されるであろう。それを意識して書かれた作品。  北野武が蓮實重彦にその自殺願望を見抜かれたことと同様、気付かれたくない、けれども気付いてもらいたい、落ちていく日本、それに気付かない日本人。実は日本自身に自殺願望があるのだ、それを感じ取ってくれ、との叫びの様にも感じられる。希望は?再生は?さて、・・・・。         

  • 村上 龍: 半島を出よ 上

    村上 龍: 半島を出よ 上
    さわやかな連休には一番ふさわしくない本だが、今の日本人が一番読まなければならないような気がする。読み始めたばかりだが、そう感じた。20年ほど前、同じ村上龍の「愛と幻想のファシズム」を読んで唸ったことがあるが、同様にインパクトがある本のように思える。

  • 幸田 真音: 小説ヘッジファンド

    幸田 真音: 小説ヘッジファンド
    4.5年前のものだが、今読むと日本経済、システムがよく分かる。結末は少し出来すぎ。


  • 佐伯 啓思著: 「市民」とは誰か(PHP新書 022)

    佐伯 啓思著: 「市民」とは誰か(PHP新書 022)

にもかかわらず桜井 サイト内検索


2011年10月 6日 (木)

賢兄お二人

 昨日、お二人の賢兄から長いお手紙を頂いた。お一人は東京に住む私の恩師ともいえるべき方であり、お一人は柏崎に住む先達である。

 お一人はにこやかな、かつ冷厳な現実主義者であり、お一人はシニカル、かつheartwarmingな理想主義者である。

 お二人の手紙が昨日重なったのは全くの偶然であるが、私はこのお二人から昨日頂いたということを本当にありがたく、心から誇りに思う。

 おー!現世を忘れぬ久遠の理想じゃ。

2011年10月 4日 (火)

秋の山が始まる

2011

 たんねのあかり2011、今週末10月8日(土)である。お待ちしています。今年は割烹三井田さんが「柏崎・谷根 天然鮎茶漬け」を限定30食にて販売。初登場。楽しみ。天然鮎を焼き枯らし、ダシをとってのもの。美味しいと思うよ。

 鮎、川の季節が終わり、金木犀の香りが甘く流れ始めると私にとってはまた秋のキノコ、山シーズン到来である。雨が降り、鮎が産卵に下る頃、連日の冷え込みでキノコも一斉に出てくる。

 「いつが休みなんですか?」と聞かれたことがある。「キノコは10月~1月中旬まで、それからちょっと休んで、2月にはフキノトウが始まり、4月、5月がゼンマイ、ワラビ、わさび、山ウドと続いて、6月ちょっと休むなあ、7月後半は鮎が始まって9月まで、夏は海の収穫もあるから、あっと言う間に1年が経つんだよなあ」 と私。山の師匠に言わせると、1月、2月はイノシシがあるじゃないか、ということだが、それはお供だからね。

 朝、山や川へ向かう道で怪しいジャケット姿、ネクタイ姿は私である。カムフラージュ用に着込んでいるのである。着替えとタオルは常に一式車に積んである。現場でほぼ真っ裸状態で「作業着」に着替え、狩猟民族となるのである。今年は水タンクと結んだ簡易シャワーも購入したので、アフターも万全。シーブリーズをほのかに漂わせ、さわやか青年となって午後、仕事に就くのである。

 しかし、何事にも失敗はあるもので生徒から、「先生、クビの後ろ、なんか付いてるよ、あっ、枯葉だ」という指摘を受け、うろたえた。生徒曰く、「何で葉っぱがクビにくっついているの?怪しい。何してんの?」 確かに怪しいのである。

2011年9月26日 (月)

命、言葉、原発

 いきなり大上段で恐縮だが、先週末、「命」を考えさせられる機会が続いた。時間外の病院で、医師、看護師の皆さんが共に駆け回る忙しさを目の当たりにした。看護師さんは本当に走っていた。救急隊員の繁忙を共有した。

 ベッドの上の病人。言葉を発することができず、体の自由がきかず、認識を失う、という事態を回りの者たちはどのように考えればよいのか。表面上、本人は気持ちよさそうに寝ているのだ。命、という漢字に「口」という文字があることを考えれば、言葉は大切な要素なのだと気付かされた。

 さて、言葉を失う、というのは唖然とする、あきれる、という意味で使うはずだが、文字通り、心に思うその本音を言葉にすることをできず、意思疎通ができない事態は辛く、悲しいものである。

 分かっていた、うっすら気付いていたけど言い出せなかった。こんな事態を私たちは反省しなければならないと思う。反省の度合いはそれぞれ異なるのであろうが、反省をしなければならないと思う。

 原発の推進・容認の立場で進んできた私たちは技術を過信し、安全、安心というものを結果としてないがしろにしてきたこと。結果として。

 原発反対、脱原発派の皆さんの立場で考えれば原発を止めたのは結果として「運動」ではなく自然であったという事実。結果として。

 保守は賛成、革新は反対、イデオロギーで賛否を論じられた原発。

 経済か、命か、二者択一で論じられた原発。

 国、電力会社だけに責任があるのではない。原発推進派も容認派も反対派も結果として、国民は電気に囲まれた豊かな生活を享受してきた。また、原発立地点に住む者たちは、無論それを拒否してきた意志の強い方々もおられるだろうけれども、大方の人はその恩恵を享受してきた。ハコモノであろうが、交付金であろうが受け入れてきたのだ。結果として。私たちにも責任はあるのだ。

 同じことを同じように繰り返してはならないと思う。立場ある方々にお願いしたい。イデオロギーを超え、目の前を見た、先を見た、そして本音の言葉を発信して頂きたいと思う。発信して頂きたいと思う、柏崎から。

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2011年9月22日 (木)

知恵が欲しい

 がっかりである。昨日の柏崎市議会で、「原発からの脱却を求める意見書」が否決された。「国のエネルギー政策を抜本的に転換し、期限を定めて原発から脱却すること等を求めた」ものだという。

 私が落胆したのは結果よりもその構図である。社会クラブが提出し、みらい、共産党といういわゆる革新系会派が賛成で9、保守系会派といわれる方々が反対で16、否決。柏崎日報が伝えている。

 まったく、変わらぬ構図である。文面を拝見していないが、それぞれ歩み寄るところは無かったのか。原発そのものに対するもので意見がまとまらないことは容易に想像が付いたはずだ。であれば、国が予定している「原子力安全庁」なるものの機能、権限を実質的なものにする、つまり分離独立のみならず、執行権を持たせ「原子力規制庁」にさせることを求めるなど、折り合いの付く範囲で、柏崎が発信をできたはずである。

 市長はじめ柏崎市も同様である。国の様子見は政治に求められることではない。

 イデオロギーと既得権益の争いで矮小化してはならない。本当に柏崎の限界が近づく。そこには機会も希望も無い。

 私たち国民1人1人の心に訴える言動のみが期待されている。新たな知恵が求められている。

2011年9月21日 (水)

二つは一つ

 今朝、4時に目が覚めた。音のない世界だった。風の音も、雨が降りしきる音も無く、車のエンジン音や新聞配達のバイクの音も聞こえなかった。ただ、かすかにコオロギが鳴いていた。嵐の前の、という様相だった。

 最近早く目が覚め、朝読書に勤しんでいるのだが、今日は霜山徳爾「人間の限界」 もう、何度読んだのだろうか。奥付は1986年となっているので、25年前の本である。

 読む度に新たな発見がある、といえば余りにも当たり前の表現だが、今回新たな驚きがあった。

 中国・北宋の時代にあった「纏足」 幼児から足の成長を阻まれ、「不生産的な存在、男性の玩弄物になり、人間として自立することができなかった」 女性たちの存在である。霜山氏は「纏足を施した『思想家』たちに呪いあれ」という言葉で、「足もまた人間を語る」という文章を終えている。

 名著フランクル「夜と霧」の訳者である霜山氏。これぞ慈愛とも言えるようなものを感じさせるヒューマニスト霜山氏が「呪いあれ」という非常に強い言葉を使われた意味。

 この本の名にも使われている「限界」、つまり「限り」に「機会」という意味があることを指摘している。

 「限界があればこそ、そこには、いのちの限りに与えられる行為のチャンスがあるにちがいない。それはいったい何であろう。それはわれわれの日々の生活に直接にかかりあう主題である。われわれが、ささやかながら自己を打ち立てようと、内面の旅をする時、この点の考察は欠くことができない。ましてや昨今、この大衆社会の内において個人としてのわれわれの非力をいやというほど思い知らされ、また近代のモットーであった「進歩」の信仰がその生み出した技術文明の歪みによって失われつつあるだけになおさらのことである」

 この霜山氏の視点が、

 一日の生活(いのち)を
 まことに生くる者の上に
 光あれ           (宮本正清)

 安らいの み国あるべし
   青澄める 雲なき空の 明かしこの果 (島秋人)

 という「希望」を紹介できるのである。

 前にも書いたが、島秋人は罪を犯した悔恨と絶望と共に「蒼穹・青空」を詠んだのである。

 「限界」が時に「機会・チャンス」であり、時に「絶望」であり、その「絶望」の淵からまた「希望」を垣間見ることができる、と霜山氏は語っているのだろう。

 強さが優しさであり、優しさが強さであることと同様である。と考えれば「嵐の前の静けさ」というのは極めて必然なのかもしれない。

 まっ、いいか。さあ、来い!嵐!

 

2011年9月13日 (火)

田中と斎藤に見る幸せ

 「押し出し四球に楽天・田中将大のすごみを見た思いがする」

 この一文から始まるコラムを朝日:EYEで編集委員西村欣也氏が書いている。要は先日の楽天・田中、日ハム・斎藤の対決で、田中、9回2アウト満塁からの押し出し四球を「計算されたものではなかったか」と言うのだ。長打を避けなければならない場面で敢えてボール球を投げる。

 私も、試合後の二人のコメントを見て、感じるものがあった。田中のプライドと斎藤の意地が見えた。どう考えても違うタイプの二人であり、斎藤に関しては素人の私が見ても今後に不安がある。しかし、「この差を埋めるための努力をしていく」「埋められない差ではない」と話す斎藤に、男だねえ、と感心した。田中ファンの私は田中のコメントに「賢さ」を感じるようになってきたのも嬉しい驚きであった。

 田中が斎藤の男気を導き出し、斎藤が田中の聡明さを掘り起こす、私にはそう感じられた。恥ずかしながら涙したのだ。(私は大臣ではないから良いでしょう)

 西村氏のコラムは以下のように締めている。

 「田中はあの夏があったからこそここまで来られた。斎藤は田中がいるから、今、はっきりした目標を設定できる。簡単に差は詰まらないかもしれない。しかし、あの夏の戦いを再びできる男たちは幸せだ。見守るわれわれも幸福を共有できる」

 そして、私はうらやましいのだ。

2011年9月10日 (土)

福島の思いを共有しているか

 鉢呂吉雄経済産業大臣は即刻やめるべきである。「死のまち」発言もあるが私は「放射能を移してやる」という軽口の方が罪は深いと思う。大臣としてはもとより、国会議員としても資質に欠ける。

 福島の思いを共有どころか、事態の深刻さをも認識していない。

 今朝の朝日、民俗学者赤坂憲雄氏の言葉。

 「こんな国土の狭い、人口の多い国が、原発の被災地をチェルノブイリのようにしてしまったら、深刻なモラルハザードが起きるでしょう。そもそも、原発事故の被災者だけに苦難を押しつけ、差別の対象にするなど許されるはずがありません。日本人は恥を忘れたのですか」

 同様の事態は柏崎にもある。

 平気で原発議会サミット開催は、予定通り「来年」、としている全国原発議長会会長市:東京電力原発立地自治体:柏崎市議会にも繰りかえし申しあげたい。サミットは今年行われるべきである。福島の思いを共有して頂きたい。全国の原子力施設立地自治体の議員が、福島に集まり、福島の議員、福島の住民、自治体の声を聴く。それだけでも大切なこと、重要なこと、そして原発立地自治体の議員に求められることではないだろうか。

 再三書いているが、政府が考えている「原子力安全庁」は経産省からは独立するが、執行権が強く担保されているとは思えない。柏崎が強く、大きな声、考えを出さず、主導せず、いったい誰がやるんだ。

2011年9月 6日 (火)

何故大人ができない!

 9月5日付け日本経済新聞である。

Photo

 再三書くが福島の思いを共有するべく動かなければならないのは柏崎だ。声をあげなければならないのは柏崎だと思う。私の思い上がりや勘違いではないはずだ。

 福島の思いを共有して頂きたい。

「20110905yoko.pdf」をダウンロード

 

2011年9月 5日 (月)

季節の変わり目、原発と柏崎

 新潟市、長岡市、上越市が原発の勉強会をするという。もちろん良いことだ。福島の事故を受けて、かなり切迫した、現実的な対応なのだと思う。

 一方、相対的なものだが柏崎の地位は落ちつつある。

 このようなことを書き始めると、また、と思われる方もいらっしゃるかもしれないが私に意志はない。ただ諸賢は、現実を直視し、先を考え、機敏に行動して頂きたい。

 私は 3月31日に表した自らの考え を繰り返すだけだ。

 ポイントだけ。

  1. 日本は今後20年で原子力発電から撤退する。
  2. 代替エネルギーの開発、実用化を国が断行する。
  3. 核燃料サイクルは行わない。
  4. 核燃料廃棄物はそれぞれの原発立地点において中間貯蔵する。
  5. 核燃料廃棄物最終処分については国際連携による共同処分場構想にも着手するべき。
  6. 福島事故から得た教訓を速やかに対策として実現させ、既存原発の稼働を認める。
  7. 国家行政組織法第3条による「原子力規制院」を設立し、独立性と執行力を持たせる。
  8. 原子力発電所に「原子力施設危険負担対策税」を課し、経年累進課税とする。
  9. 使用済み核燃料のサイト内保管施設を拡充し、安全対策を抜本的に見直す。
  10. 使用済み核燃料税に関しては今回の福島事故を経て、税率のUPを行い、経年累進課税とする。
  11. 非常用電源対策を含め、近隣部にLNG火力発電所を建設する。
  12. 国民は、節電、電気料金の値上げ、増税含め受け入れ、拘束力、強制力を伴った消費電力の抑制に努める。

 加えて、前にも指摘したが、今回の大事故につながったのは非常用電源が全て喪失したことにある。これは日本共産党の吉井氏が指摘していた。となれば、今回は地震によってであるが、非常用電源を全て失うリスクは他にもある。つまり、テロである。原発本体の堅牢性が保たれたとしても、電源や水など原発を稼働させるために必要なものを絶たれたら、というリスクである。小説の世界ではなく真剣に対応して頂きたい。

 原発の廃炉技術養成も産業となりうる。

 国は環境省の中に外局として「原子力安全保安院」を作りたいようだが、独立性と執行権が担保されているとは思えない。

 柏崎市は、国の責任だ、とその対応を見極めるのではなく、積極的に原発立地自治体の考えを伝えるべきである。福島の思いをも担い、東京電力の原発立地自治体として大きな声をあげ、政策に反映させるべきである。いずれにせよ、遅すぎる。

 柏崎市議会は原発立地議会サミットを「来年」などと言わずに、今年中に開催し、福島の声を共有するべきである。「議会改革」などやっている場合だろうか。 いずれにせよ、遅すぎる。

 遅すぎる。想像力が無さ過ぎる。

 いわゆる原発反対派・脱原発派の皆さん、何を臆しているのだろうか。今こそ、である。イデオロギーに訴えるのではなく、人の心に訴えて頂きたい。

 いわゆる原発推進派、容認派の皆さん、現実を見極め、柏崎経済の生き残りのため、柏崎の生き残りのため、新たなステップを切って頂きたい。繰り返してはならない。

 

2011年9月 1日 (木)

2011年、夏の終わり

 夏期講習終了。3日間のお休みを頂いた。最初の2日はほぼ20年ぶりに一人でテントを担ぎ、山に登ってきた。最後の1日、昨日も月末の仕事だけをこなして、市外でのミーティングに参加。

 山は火打。笹ヶ峰にテントを張り、黒沢、高谷池ヒュッテ、山頂をピストン。休憩時間を入れて、ほぼコースタイム通りだったので、まあ49歳としては速いほうでしょう。高校スキー部の生徒たちがトレーニングなのか山道を駆け上がり、そしてアッという間に下りてくる。ああ、オレも高校生の時はあんな感じだったなあ、と感慨深いものがあった。

 登り始める前、あまりにも久しぶりなので、ドイツ・クラフトマンによるハンワグ:愛用の山靴を履いて足馴らしでジョッギング。まだ暗い足元が何かおかしい、違和感がある。ヘッドライトを照らしてみるとソールがパカッと割れている。それも両足とも。はあ、とブランクの長さを思い知る。けれども何となくこんな予感がしていたので予備のトレッキングシューズを持ち込んでいたのだ。履き替える。

 途中でもブランクを思い知らされた。高谷池ヒュッテでビールでもと思ったのだが、財布を持ってきていなかった。もちろんおさいふケータイは使えない。その携帯も電波が届かない領域だった。

 それでも天候は快晴。北アルプスの峰峰も見え、槍も遠く望めた。私から見れば槍が見えただけで満足。考えてみれば火打は4回目だったのだが、これほど天候に恵まれた山行は無かった。大きな景色に心を広げ、足元の花々を楽しんだ。

 メインは山なのだが、加えて前後のゆったりした時間も私にはありがたかった。

 1日目は早く着いたのでコーヒーを沸かし、読書に励んだ。恥ずかしながら「ファウスト」を初めて読んだ。2日目も朝4時からの山登りを昼過ぎには終えたので、夜露に濡れたテントを乾かしながらまたまたコーヒー読書に励んだ。さすがに疲れていたのだろう、本を片手にうつらうつらしてしまい、椅子から転げ落ちてしまう。コーヒーが鬼平犯科帳にかかってしまった。美味しいコーヒーだから池波正太郎も喜んでいるだろう。

 テントでは色々と考えた。野田さんの演説は良かったなあ、とか、我が学習塾の今後のこととか、火打を訪れた1回目、2回目、3回目のこととか。家族のこととか自分のこととか。

 1人というのはやはり少し寂しいのだが、でも楽しかった、というかいい時間を過ごせた。

2011年8月25日 (木)

日々新面目あるべし

 夏期講習も最終盤となってきた。生徒たちはそれぞれの学習課題に一所懸命取り組んでいる。昨日言ったことは、「今日の2時間で、何か得したなあ、ここだけはできるようになった!、ということを積み重ねることだゾ!」 生徒たちに対してであり、そのような指導をしなければならないという私たち講師自身に対しての戒めである。

 小さな喜びを積み重ねることの幸いは私たちの生活にも見いだされるべきであろう。そして、それに気づく感性を身に付けることがいかに貴重であるか。

 先日、新潟市の会津八一記念館を久しぶりに訪問した。

   「學規」

 一 ふかくこの生を愛すべし
 一 かへりみて己を知るべし
 一 学藝を以て性を養ふべし
 一 日々新面目あるべし

              秋艸堂主人

 私の事務所にも複製が飾ってあるが、ガラス越しとは言え真筆を見るとき、さらにその思いが伝わってくるようであった。未だ迷いながら、間違いながら生きている私の姿もガラスに反射したようであった。

 日々新面目あるべし

 昔、横書きの「八一」を「はあ」と読んだ生徒がいた。生徒のことだけ言えない。私も恥ずかしながら30年前早大入試に出た、「八朔先生」と呼ばれる人物の誕生日を答えよ、という問題ができなかった。「八をさく」だから「四月四日」と深読みをしてしまった。もちろん答えは「八月一日ついたち朔日」である。その八月も終わりつつある。

 

2011年8月 8日 (月)

真夏の1週間、ツイッターから

 * 見えますか、高田の太鼓が、お囃子が。妻を亡くし、母を亡くし、長男を亡くした方々が語りかける。祈る。陸前高田を始めとする東北の夏祭りがNHKスペシャルで放送された。祭の力、人の思い。良い番組だった。
 * 改めて、反原発派、脱原発派の体質を実感。あれじゃあ、菅首相と同じ。みんながいいと思うことも進められない。
 * 岩ガキしょっぱ。レモン!レ!モーン!
 * 久しぶりにウイスキー水割り。おいしい。初めてボトルを入れたのは吉祥寺サムタイム。憧れの店で、緊張したなあ。
 * 夏期講習、順調に、有意義に進んでいると思う。思いがけないことが大切なポイントとして機能することがある。謙虚に、積極的に。
 * どれほどのものでもございませんが、ちょっと使い捨てしすぎじゃありませんか。と唸りながら飲もうと思ったがBarは休みだった。あー、こりゃこりゃ。
 * ホンネ日和。宮崎哲弥、杉村太蔵。宮崎:こういった事態になってもまだ日本は危機感が足りない。杉村:団塊の世代がいなくなったら。みんなあの世代が……。うん、うん。
 * 日曜日の仕事場。誰も来ない。明日の予習。21時までやって、御褒美は本屋で北アルプスの地図かな。新しい地図、楽しみ。

2011年8月 7日 (日)

人品

 「福島のことがあったのにまだ考えが変わりませんか?」 

 昨晩の柏崎高校同窓会懇親会。いわゆる原発反対派、脱原発派の方から私への言葉。勝ち誇ったかのごとく。

 

 

2011年8月 3日 (水)

東西南北・上中下・前中後・大中小

 年寄りになったという感覚は無いが49歳である。目が覚めてしまう。仕方なく新聞を取るため玄関に降りると紛れ込んだ蝉が戸の前にいる。そっと開け、逃がしてやる。蝉の恩返しがあると思う。

 さて、次男がインターハイから帰ってきた。長男は勉強合宿から帰ってくる。勉強合宿!

 インターハイは残念ながら1回戦負けだったようだが収穫もあっただろう。小遣いをやった分の50分の一ぐらいが土産になって帰ってきた。土産が入ったいわゆるレジ袋にはこう書いてあった。

 2011 熱戦再来 北東北総体

 私はさて、と思ってしまう。北東北。きたとうほうく、と読むのだろうけれども、東北地方の北の方(ほう)、という意味なのだろう。つまり青森や岩手ということか。実際、次男も岩手での試合だった。

 北東北、ということは南東北もあるのか、西東北、東東北もあるのか?ついでに言えば、西東北南、にしとうほくみなみ、という地域など無いのだろうけれど、東西南北と書かれていれば、とうざいなんぼく、と読むのでは無くて、違う地域、意味を持つのであろうか?まあ西東京市というのもあるからなあ。うーん。

 新潟県は越後と呼ばれる。京都から見て近い順に、越前、越中、越後となるのだが、その越後:新潟県は現在、上越、中越、下越(かえつ)と分かれている。ややこしいのが地図上、北つまり上にあるのが下越で、南南西方向つまり下にあるのが上越である。これまた京都から見て近いのが上越?それとも東京から見て、なのだろうか?おまけに上越新幹線は中越、下越を通っていて上越は通っていない。もちろん、上州・群馬と越後・新潟、つまり中曽根さんと田中さんの新幹線である。どうせだったら中中新幹線の方が良かったかも?いや、それじゃあ「なかなか、ナカナカ新幹線が来ないなあ」という訳の分からない事態も想像されるからダメだな。

 富山は越中ということになるが、富山県の中央部は中越中ちゅうえっちゅう、と呼ばれているのだろうか?朝からチュウチュウでもないだろう。福井は越前だから中越前?新潟・長岡の人ならば、ちゅうえつまえ、と読んでしまい中越高校前バス停を想像してしまうのではないだろうか。

 百貨店三越は越後屋が発祥だと言われているが、何で三つなのだろうか。越前、越中、越後の三つを合わせたのだろうか。時代劇、「越後屋、オヌシも悪ワルじゃのう、ヒッヒッヒッ」という場面などでは、「あっしなんぞは小悪で、お代官様は中悪、一番悪いのはお殿様で、大悪、ということでございましょうなあ、フッフッフッ」と想像される。

 まあ、学習塾の先生も悩みが多いのである。蝉の恩返しを期待する一日が始まる。

 

 

2011年7月31日 (日)

槍ヶ岳

 槍ヶ岳は高校山岳部1年の時、初めてのアルプス縦走で登った山である。今でもその頂きに立った感激は覚えている。槍を下り、初めての上高地、徳沢園でのテントの夜は本当に楽しかった。

 私の山生活の始まりは地元米山だが、「ずっと山に登り続けよう」と意識したきっかけは間違いなく槍ヶ岳である。原点である。

 今朝の読売日曜版に森山良子さんが槍ヶ岳のことを書いている。早世されたお兄さんとの思い出を振り返りながら、山の力について語りかけている。槍の頂上でお兄さんの声を聞いた気がする、と。

 「家族は悲しみを言葉にすることを避け、心に押し込めて生きてきました。その兄に会えたように感じたのです。胸のつかえが取れ、その後、『涙そうそう』で兄への思いを詞に書きました」

 私も今まで3回槍に登っている。2回目はOBとして現役高校生と。3回目は今や合衆国政府環境政策部門要人として活躍する畏友と。それぞれ感じるところ、考えるところが多い山行だった。

 昨晩、思わぬメールを頂いた。大学時代の友人からである。もう、25年会っていない。「恥ずかしくないように・・・、毎日を大切に・・・」という彼女の言葉が「今朝の槍ヶ岳」と何故か同調した。ありがとう。

 私もまた槍に登ってこようと思う。

2011年7月28日 (木)

夏期講習スタート

 ハイ、今日から8月19日までSEA夏期講習第1期です。朝から夜9時30分まで体力勝負です。

 昨晩、長男には大学合格可能性5%の意味について励ましの訓示を垂れた。今朝は次男をインターハイに送り出した。三男は中1にして職場体験なるものが昨日あり、「お父さんの言う通り早めに行ったら怒られた」とご機嫌斜めだった。バカモノ!従業員の立場を学ぶのに、開店時刻に、店から入ってどうする。お前は悪くない!

 ということで、これから数学、英語、国語、理科、社会、頑張ります。猛烈に頑張らせるゾ!覚悟!

2011年7月27日 (水)

我が家の情報公開

 次男の通知票が我が家の食堂に張り出された。3.2.3.2.3.と続く。次男と女房とでは見解が分かれている。

 女房:「あなた、赤点は取らないって言ってたじゃない!何これ!」
 
次男:「いいんだよ、成績表に赤点で付いてないモン」
 女房:「40点以下は赤点でしょう!言っていた通り張り出します」
 次男:「別に!」

 くしゃくしゃにされた紙がもう一枚出てきた。

 私:「67点、おー、これはいいじゃないか。何だ、体力テスト?」
 次男:「先生に誉められた」
 私:「おー、80点満点で、67点!すごいじゃん。各部門満点がいくつも・・・」
 
    「こっちを張り出しておけよ」

 昨日は長男の三者面談。お恥ずかしい限り。身も細る思い、というのはああいうことを言う。オレなんかこれ以上細らなくてもいいのに、全く。ダイエットを目指す人間が三者面談に行くべきである。私の体脂肪率は本日、9.8 (omron 体脂肪計HBF-302、身長177cm、体重66kg、年齢49、男性で設定)である。

2011年7月26日 (火)

福島の声に応えよ

 東電系企業のメガソーラー(太陽光発電)建設予定を北海道新聞が伝えている。

 【白糠】東京電力が筆頭株主の発電事業会社・ユーラスエナジー(東京)が、釧路管内白糠町で大規模太陽光発電所(メガソーラー)の建設を計画していることが25日分かった。出力は最大で二十数メガワット(2万数千キロワット)を想定しており、実現すれば、太陽光発電では苫小牧市などが候補地となっている通信大手ソフトバンクの構想(最大出力50万キロワット)に次ぐ規模となる。<北海道新聞7月26日朝刊掲載>

 もちろん良いことだと思う。1基100万kwの原子力発電所から見れば小さなものだが、東京電力も生き残りをかけ、大胆な発想の転換を行い、戦略を組み立てて頂きたい。

 ソフトバンクの50万kwという数字はかなりな数である。かつてプルサーマル騒動に揺れたとき、私はチラシを書き、原発1基の出力100万kwを確保するためには、山手線内側の家屋・ビル屋根に全てソーラーパネルを付けたとしてもまだ足りない、と書いたはずだ。 むろん夜や太陽が陰ればその出力は落ちる。

 さて、過日福島から避難してこられた方と飲んだ。ご自宅は福島第一から3km以内だという。完全なる制限区域内である。ご家族を含め、不自由な生活を余儀なくされている。その方は図らずもおっしゃった、「柏崎の人が声をあげてくれなきゃ。私たちはがんじがらめ、てんやわんやで言えませんよ。見通しが立たない辛さは、・・・・」

 先日柏崎日報には「議会改革」という大きな文字が載った。今頃、今更、議会改革じゃないでしょ。今やるべきことは原子力を含んだエネルギー論議だ。

 柏崎の原発、地震対策は元より、テロ対策、使用済み核燃料対策、税制、安全協定の問題、原発立地点の今後、等々。

 先を見た、骨太のエネルギー論議を柏崎から起こすべきだ。柏崎が引っ張るべきだ。それが柏崎の新たな産業構築につながる。ずうっとそう書いてきた。

 柏崎よ、限界を超え、福島の声に応えよ。

 

2011年7月23日 (土)

原発をめぐる保守派

 新潟日報、本日7月23日付文化欄「時代の航海図」 見出しとしては「保守派二分する原発論議」と書かれている。が内容は「保守だからこそ」と脱原発を訴える識者を紹介するウェイトが高い。

 評論家西尾幹二氏、慶応大講師竹田恒泰氏、新右翼団体顧問鈴木邦男氏の「保守派」三氏である。特に明治天皇玄孫の竹田氏、新右翼「一水会」を率いる理論派鈴木氏の主張に注目した。

 保守派に原発容認派が多い理由を「革新勢力が原発に反対してきたから反対できないという心情。勉強不足で、結論ありきです」と竹田氏は手厳しく断じている。「革新派が40年以上反対したが1基も原発を止められなかった。保守派が実行すれば誇れることで、日本の国益になる」と明確だ。

 鈴木氏も「左翼に対抗して原発推進を唱えるのは間違い。危ないという点では一致している」とし、革新側の反原発運動に関しても「感情的すぎることはなかったか。それに対応して電力会社は安全を宣伝するために膨大な広告費などを使った。本来は安全対策に金を使うべきだった」と分析している。

 恥ずかしながらお二方の主張に重なると思われることを先日書いた。 

 竹田氏「皇室を守ろうとしている旧皇族の私が原発に反対していることを強調したい」

 鈴木氏「自然がきれいであってはじめて天皇の位も永遠なのです。原発は青空を破壊する」

 正直に申し上げれば未だ私自身の「転向」を自ら信じ切ることができないでいる。結果としていかばかりかのものを失った20年の歳月が未だ残像のように揺らめき、朝早く目が覚めるのだ。村上春樹氏の発言立教・新座高校校長渡辺憲司先生の言葉を拠り所とし、安定剤としているのだが。

 被災された方々の難儀、福島原発の現場最前線で汗を流されている皆様の困難を思えば比べるべくもない。ただ、私のような者も多くいるということを国や東京電力にも理解してもらいたい。願う。

 (眠い。コーヒー飲んで、夏期講習の準備するわ。まあ、土曜日、ちょっとくらい昼寝してもいいでしょ)

2011年7月21日 (木)

渋く、さわやかに

 5日間ほど口ひげをたくわえ、苦み走った渋い男の魅力を発し続けた私だが、10代から50代に至るまで全く美的感性に乏しく、男を見る目がない女性たちの冷たい視線と蔑むような言葉に屈してしまった。さわやか青年に戻ることとなった。

 今朝の日経「チェンジアップ」で豊田泰光さんが日ハム斎藤佑樹のオールスターゲーム出場に「待った」をかけている。「いずれ球界の大黒柱」になってもらわなければならない男こそ、今は「じっくり実力を蓄えてもらう必要がある」というのだ。

 斎藤が大黒柱になれるとは豊田さんのリップサービスだろうけれども、大震災のあとのゲーム、ということを差し引いたとしても私も斎藤をオールスターに出すべきではないと思う。

 昨日の日ハム・ダルビッシュと楽天・田中との投げ合い、緊張感、集中力、強い気持ち、そして負けたあとの田中の言葉「あれだけの投手が相手で、こんな投球では勝てない」  男だねえ。

 大関魁皇、「最高の相撲人生。悔いも後悔も一切ない」 いいねえ。

 私は田中のファンなのだ。斎藤よ、また田中と張り合えるように力を蓄えよ。ヒゲを蓄えよ。

 なでしこの陰で、日本男子も頑張っているじゃないか。まあ、渋さとさわやかさを兼ね備えた私も頑張っております。 暑いんだから、冷たい視線、冷たい言葉、冷たいビール、なんでもちょうだい!

 

2011年7月20日 (水)

「ベネチアの小泉今日子」、「anan」の村上春樹

 今朝早く目が覚めて、先週末に行われたイベントの後かたづけをしていたら、嬉しい知らせが入ってきた。良かった、良かった、やれやれ、と村上春樹モード。読みかけの新刊「おおきなかぶ、むずかしいアボガド  村上ラジオ2」を手に取った。

 エッセイ集なのでアトランダムに読み進め、最終回。「anan」今年3月23日号分である。表題は「ベネチアの小泉今日子」

 人が音楽を必要とするとき、について書かれた文章である。「たまたま」そこにあった小泉今日子が「懐かしい暗号の切れ切れな響き」として村上氏に作用したことを綴っている。「目に見えない衣として身にまとった」ことを告白している。

 そして、

 「小説にもまた同じような機能が備わっている。心の痛みや悲しみは個人的な、孤立したものではあるけれども、同時にまたもっと深いところで誰かと担いあえるものであり、共通の広い風景の中にそっと組み込んでいけるものなのだということを、それらは教えてくれる。
 僕の書く文章がこの世界のどこかで、それと同じような役目を果たしてくれているといいんだけどと思います。心からそう思う」

 3月23日号というところがね。担う(になう)という言葉を使うのは村上氏にとって見れば、勇気ある冒険なのだと思う。

2011年7月18日 (月)

理不尽

 おばあさんが道端のお地蔵さんに手を合わせている。

 ご夫人を亡くされたお父さんが自転車から降り、私の車へ駆け寄ってこられた。顔はくしゃくしゃで言葉にならない。私も車を降り、ただ「みんな、仲間が応援しているから。美味しいお米をまた食べさせてください」と手を握った。お父さんの顔からは涙だけが流れ落ちる。

 理不尽なことが多い。好意やささやかな願いが通じる社会であって欲しい。

 

2011年7月12日 (火)

国民にストレステストを課すな

 菅公、とは天神様とも呼ばれる学問の神様、菅原道真のことである。現代日本は菅不公か菅非公か、菅無公である。

 法的位置づけも極めて不明確なストレステストなるものが実施され、1次、2次と別れてそれぞれ原発の再稼働に連関するという。政府の「統一見解」なるものが発表された。政府というものは統一されていなければならないのだ。わざわざ統一見解。本当に恥ずかしい。

 浜岡原発停止の際もそうだったし、書いたが、今回もまた書かざるを得ない。法的な裏付けなく、物事を進め、決定しない方がよい。結果としてそれが良い方向に流れるものだとしても、むやみに法を乗り越えることがあってはならない。

 先進国と呼ばれる国は法治国家であることが最低限の要素であろう。最低限の。

 私の原発に関する考えは3月31日以降変わっていない。菅首相が目指す方向性については概ね理解できる。問題は手法、タイミング、彼をとりまく環境、そして菅氏自身の人格だ。敢えて言えば彼自身の人格だけが問題だ、といっても良い。私心のみであり、「公」がない。

 一国の首相たるものの人格が法治国家を壊しつつあり、国を壊しつつある。大げさな話ではない。「思いつき」が国をバラバラにしつつある。

 首相が国民にストレステスト(耐性評価)を課してどうするんだ。

2011年7月 9日 (土)

ツイッターって、わからんわ

 私のツイッター、最近1週間。

 

 日曜の教室はカーペンターズを聴きながら。仕事はかどります。フリマ問い合わせあり。今昼寝。
 ジメジメの季節ですが、明るく、さわやかに、着実に1%のチカラが集結中。みんなで前向きに、被災地を支援しよう。
 今日はもう朝から晩まで様々なことが続けて起こった。悪循環、ともいうべきことも連続。一方、心配していた親友の消息もわかり、教え子の活躍も明らかになった。嬉し、ヘトヘト。時を共有した女性はありがたき清涼剤。
 今日も朝から大忙し。報われるかなあ。アシスタント・ミスが奮迅の働き。助かったあ。クリエイティブな仕事。途中お葬式。ご夫人を亡くされたご主人の言葉の奥を皆が思いやった。
 もう、今週はもう。昨夜、浪人生が訪ねて来てくれ、成績アップを喜んだ。家に帰り、はあ、と思ったら母方祖母救急車搬送とのこと。長岡へ。未明に帰り、いままた長岡。ユンケルタフマンリポビタンD。原発ストレステスト?カタカナでごまかすな!
 待ち時間。自民党石破茂政調会長「米企業が開発した原子力という技術を、日本の地形や地質、気象条件、災害などを検証することなく導入したのではないか。続く
 石破茂政調会長、「何となく、ボーイング機がしりもち事故を起こしたのに、完璧に修理したと言われて飛ばし続け、墜落してしまった御巣鷹山の日航機事故に似ている気がする」さすが、だね
  当日受付も可能ですか?ハイ可能です。
 いやはや、長い一日。明日も朝から。運転しながら国会中継を聞くも、全くもう。さわやかな熱意、誠実なウソ、したたかな知恵。全て公のためであって欲しいナ。
 大学親友男女から山ウドのお返し、ということでスパークリングワインもらっちゃった。1本キンキンに冷やして村上春樹新刊「おおきなかぶ、むずかしいアボカド」読みながら飲んじゃった。残りは16日読む飲む。
 おおー!マヤ文明。BSプレミアム。私も行ったでー、25年前、メキシコ、マヤ遺跡。バス停でバスを3時間遅れで待って、コロナビールで歯磨きしたわ。メキシコいいぞ。カリブ海でダイビングもしてきた。免許も無いけど正にモグリ。
  See you next week .

2011年7月 8日 (金)

窓を開けよう

 故あって長岡を往復する生活が続いている。基本的に車での高速往復になるわけだが、昨日は下道で帰ってきた。

 窓を開け、風を受けながらの運転。夏だなあと実感できるのは草いきれだ。日差しを受けて朝露が蒸発するときのにおいなのだろうか。それぞれのにおいが混ざり、青臭いものとなる。エステーさんが芳香剤に使うようなものではないかもしれないが季節の香である。

 改めて思うのだが私たちは窓を閉めて、エアコンを効かせる生活に陥りすぎている。芳香剤の人工的なものを何気なく良しとしてしまう。だからKYになってしまうのだ。

 今、私にとってのKYは、Kan、Yamete!本当に恥ずかしい。本当に。

 空気に変えるためには窓を開けよう。ショー・シュー・リキーじゃダメ。(エステーさん、Ms.Maki、ごめんなさい)

2011年7月 6日 (水)

超原発から見いだせるもの

 国では自民党選対局長・元官房長官河村建夫氏が『超原発』を主張。

 県では知事が「脱原発も合理的」と発言。

 地元はどうなっているんじゃい!

 「超原発」、商標登録でもしておけば良かった。

 3日の朝日、読書欄。「竹田青嗣さんと読む『純粋理性批判』(下)」は興味深かった。本質を外さず、柔らかく哲学にアプローチする姿勢は健在だ。

 「自分とは何で/どこへ向かうべきか/問い続ければ見えてくる」というアンジェラ・アキのヒット曲を「つかみ」にして、「私とは何か/世界とは何か/世界はなぜ存在するのか」という形而上の問いかけからカントの『純粋理性批判』を紹介している。

 「カントを読むと、深い絶望がやってくる」「まず、深く絶望しなければならないということでしょう」と竹田氏は言葉を続けている。

  私は、ゴーギャンと霜山徳爾「人間の限界」を思い起こした。

 

Gogan_where_do_we_come_from_2

  

Where Do We Come From? What Are We? Where Are We Going?
 Paul Gauguin, 1897–1898

 霜山先生のことは以前も書いた。「限界」や「絶望」という言葉を人はどのような思いで語るのか、私たちは想像できる人でありたい。

 

 なんてね。夏期講習、生徒よ来たれ!我が塾はSEAなり。夏にピッタリ。(冬でもSEAですが)   

 

2011年7月 4日 (月)

空気を変えよう、エステー、消臭力

 先日、ある施設で研修会があり、トイレに入った。「消臭力」(フレッシュピーチ)が置いてあった。申し訳ないけれども田舎のセンスだなあと思ったのだ。

 桃の里だから、トイレにも桃の香り、という連想ゲームだったのかもしれないが、本物があるところで人工物は良くないと思う。それもトイレで。

 個人的にはトイレでキンモクセイの香りなど絶対にNo!エステーさん、「消臭力」は「さわやかな風」タイプとか「落ち着きの甘さ」タイプとか「ほがらかな笑顔」タイプとか、にして頂けないでしょうか。「グレープフルーツ」や「オレンジ」はトイレ用からははずした方がいいと思うな。

 ということで「消臭力」を調べてみたのだ。春先からずうっといいなあ、と思ってきたCMだが、作ったのは大手広告代理店に勤める私の教え子だった。女子美時代、担任をさせてもらった。

 このCMの好感度が高いのは真面目と笑いのバランスだと思う。彼の声には声楽家としての正統な、澄んだ、けれどもどこか大人の男を感じさせる強さがある。あどけない風貌で誠実に歌う。背景は歴史を重ねた石造りの重厚な、ヨーロッパ。ただ日差しがあり、温かい。最後に「しょうーしゅーりきー」と伸びやかに声を伸ばして、落とす。伝統をちょっと崩して、テレビの前で初めて見るものは「えっ」「なんだよ」とクスリと笑う。

 makiさん、すごいね。そう、空気を変えよう。

2011年7月 2日 (土)

不在、欠如。顔を洗おう。

 本当に停滞を感じる。限界を感じる。日本、柏崎。

 市民運動家が首相になった日本。当の本人は、市民運動家だった過去を誇るときもあれば、最近は国会においても「市民運動家の性格が抜けきらなかった」などと否定的に自らを見つめる発言もしている。市民運動家は一番の権力志向であり、「公のため」という看板を掲げながら、「名を残したい」という私欲のために行動する破廉恥。看過する国会。不幸である。最大不幸である。

 先を見る「保守」の不在、足元を見る「革新」の不在。

 行政改革を推進し、公の在り方を見直そうとする「原発反対派」「脱原発派」の不在。

 自然エネルギー、再生可能エネルギーを目指そうとする「国歌・国旗伝統派」の不在。

 センスの良い「保守」の不在。地域にとけ込む「革新」の不在。

 あらゆる領域、分野において「覚悟」の欠如。「笑い声」の欠如。

 世界は日本を見下している。というよりは無視し始めている。

 上越市も東電と安全協定を結ぼうとしている中、柏崎は one of  them、多くの中の一つ、 になってきている。

 自民党よ、民主党よ、東京電力よ、日本よ。私たち国民よ、顔を洗おうよ。

2011年6月28日 (火)

目指そうではないか

 今朝の朝日、音楽評論家吉田秀和翁は「フェリシティ・ロット」の歌声を「英国人の知恵」が導き出したものであると論じている。

 彼女ほどの「世界的な名歌手でも、生まれ故郷の水に洗われた歌を歌う時は心底気安く、また快くて、しかも心の深いところから沸きでてくるものに乗って歌えるものか、と思った」と翁は綴り、それを支えているのは「公衆」、「英国人の知恵」とも言うべき保守精神であると見通していらっしゃる。

 なるほど、公の衆。大衆ではなく、「公衆」

 私は以前、quantity(量)からquality(質) への転換を、と叫んでいた。自身の資質もさることながらあまりにも「大衆」に成り下がっていないだろうか。

 すぐに調子に乗る、何が基だったのかを忘れる、あまりにも感じる力、考える力が落ちてきているのではないだろうか。

 懸命な努力にもかかわらず、5時間で止まる、1時間半で止まる放射能浄化装置。

 政権内部から崩壊しているにも関わらず行われる閣僚人事。

 福島県自民党の脱原発宣言。

 南相馬市、東電株主総会での脱原発提案支持。

 それぞれ、感じ、考え、そして、今こそ明らかな構想と決然とした意志が示されなければならないのに。だから「限界」と申し上げたのだ。

 目指そうではないか、「公衆」を。私も「公衆」の一人でありたい、と願っているのだ。

 ということで、学習塾SEAももうすぐ「夏期講習」の季節です。受けるべし。

2011年6月27日 (月)

お詫び申し上げる

 我が性は生まれて粗野なりければ、はじめは嗜むでものを感ぜしが、いつしかその嗜は病の如くに、心はともすれば顫へて止まらず、幾たびか人に軽んぜらる。人人の我を軽んずること、凡そは我れの愚かしきによるとはするも、また激しきに過ぎんとす。怒りて額を打つべきか。争ひて勝たんと願ふ心乏しく、いつとなくいとはしきもの愛しきもの、みな遠く渚をすぎゆきけり。夜の眠りのあさはかに、昼は昼とて遊べども花実もあらず、まことにかく世の努力をいとふ心こそわりなく悲しけれ。我が要なき生涯は要なき故に短からむ。風の日の旗よりも草の葉よりも動き易い、我があはれに短命な行手を知り、思想に煙のごときものを感じ、野山を愛し季節を愛し、都会を愛し、また女を愛し、鳥や魚や草木に心をよすれども、我が言語はつねに飄零にして、我が額はつねに快き色をもたぬために過ちてまたその心を伝へず。
 されども我はまた今我が春秋の短きを知り、日日に明らかに身を知るが故に、力むる如くにも、ただ一日の歌を要なき生涯に与ふるのみ。
                            
「秋夜弄筆」(三好達治)

 

 過日、2年半ほど前の私の言葉についてお叱りがあったそうだ。もちろん、私はその言葉を覚えているし、ご指摘はもっともなのかもしれない。不愉快を感じる方もおられただろう。ただ、私は怒っていたのだ。尊大であろうと傲慢であろうと怒っていたのだ。

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