もっと大事なこと
9月議会の一般質問が終わったようである。そして、質問はおざなりのものであったという印象を拭いきれない。原子力行政についてである。
去る8月16日宮城県の女川原発周辺で地震が起きた。東北電力女川原子力発電所全3基が自動停止した。そして、設計用に理論上想定した最大の地震「限界地震」を上回る揺れが確認された。
このことの重要性を誰も認識していないのだろうか。原発反対派、もしくは脱原発と自称していらっしゃる方々は、何を遠慮しているのだろうか。不思議でならない。もとより推進派、容認派もである。
科学的にこの状況が安全であるとしても、想定を越えたという事実についての不安を解消するという方向性が、近年の不祥事や事案から得たものではなかったのか。もし必要であるならば、公共施設の耐震補強と同様に、地元として強く求めていかなければならないのでは無かろうか。それが大規模なものであったとしても当然のことである。
私は原発容認派であり、プルサーマル容認派でもある。しかし、国の安全基準に対しては、また規制の在り方については強い疑問を呈してきた。
原子力安全委員会でも耐震基準について見直しを進めているはずだが、何よりも地元として「推進」「容認」「反対」問わずに、合理的な説明を求めてしかるべきである。
「地域の会」が原子力長計改め「原子力政策大綱」に意見を提出したそうだが、これはしかるべきものとして、先ず誰よりも柏崎市が意見を出すべきである。はっきりとした柏崎市のスタンスを表明するべきである。
原発反対派がその姿を隠して応援した市長は言葉の上では「原子力発電所は地域にとって大切な存在」と言い、結果、議会は市長の政治的立場を慮って、おざなり、であるならば柏崎にとってこれほど不幸なことはない。原子力安全協定の見直しなどで、お茶を濁している場合ではない。申し訳ないが、そんなことは私でもやった。
敢えて言う。市民の声よりも、柏崎市の今後を見据えた「骨太の政策」が今求められる時なのだと思う。見せかけのままごとが続いていくならば、柏崎市は郵便局と共に無くなってしまう。率直さを失い、本来の役割を見失うと、無くなってしまう。社会党が自衛隊を認め、村山首相、土井衆議院議長を輩出して無くなったのと同様である。
市長選挙。原発反対派や脱原発派を「表に出さず」に勝った現市長、「表に出ている人は沢山」だったけれども負けた前市長、「表に出られないけれども応援している」と言われて負けた私。
柏崎は負けるわけにはいかない。表に出て実質勝負である。遠吠えではない。
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