様々なところに様々な師匠がいるがこの人は私にとって山・川の師匠。70歳をいくつか越え、未だお元気である。昨日午前、一緒に山に入ったのだがタフである。ゼンマイ、ウドを採り、30kgを越える荷を担いで登り、下りする。
行く前に奥様から「桜井さん、この人もう歳なんだから頼むわね」と声をかけられる。「ハイ、わかりました」と答えた手前もあり、何度も何度も「無理しないでよ!」と念を押す。しかし、山に入り、獲物を前にすると奥様の心配や私の念押しなどすぐに忘れるらしい。
「オーイ」 時折、声をかけ、所在を確かめる。最初の30分ほどは「オーイ」と声が帰ってくる。その内に返事が無くなる。こちらも獲物が目の前であり、「大丈夫だろう」と高を括る。私の方もザックが少し重くなった頃、また「オーイ」と声をかける。返事はない。かすかに木霊が私の声で帰ってくる。若干心配になり、峰まで上がり荷を下ろし待つ。30分、40分。声をかけるが相変わらず返事がない。
「オーイ」「オーイ」「オーイ」「オーイ」返事はない。そうして1時間が過ぎ、私の頭の中は新聞記事である。
70歳のお年寄り、山菜採りで行方不明
お年寄りを忘れ、山菜採りに夢中
悲し、山の友!相棒よりゼンマイ
仕方ないなあ!私はザックを担ぎ、峰を越えながら、「オーイ」「オーイ」 声が枯れるわ。心配をし、移動をしながら私も収穫する。このくらいではバチも当たらない。
「オーイ」 ようやく遙か遠くから返事が届く。全く!声の元へ向かう。無事である。師匠は大きな収穫袋を脇に置き、更にウドを採っている。「この強欲じじい」などと決して声は掛けない。
今日はコーヒーをおごってもらった。そうでしょう、そうでしょう。